Day 04 Claris
簡易的な砕氷装備を船に着け、氷山の浮かぶ海を東に向かって進む。
大きな氷山に衝突すればひとたまりもない。細心の注意を払いながらの航行だ。
目指すは氷獄に停泊中の青花師団の旗艦。新型フレーム受領の前に挨拶を済ませておこう、というわけだ。
青花旗艦の幹部との面会にはまだ時間がある。
お湯にコーヒーシロップを溶き、束の間の休憩をとる。
温泉で水の補給を受けたので、飲用水に関してはしばらく楽ができそうだ。
マグカップで手を暖めつつ、コーヒーに口をつける。
いつもの臭くて飲めたものではない水とは見違えるように美味い。
塩分を含む温泉から抽出された良質な塩も入手できたし、
食事に関してはタワー港湾部にいた時より改善したといえるだろう。
雨音列島では園児たちに「ソーメン」が振舞われました
「ソーメン」はメシの原料からできた高級な麺類です
生き残った園児たちは、みな笑顔でソーメンを食べています
戦火の世にも、人々の連環を。我々はまだ、戦えます
思えば、TsCの壊滅の報以降、ロクに休みを取っていなかった気がする。
ザミエルとイゾルフが帰還したあと、船の住人を集め、今後の方針を決定し、
持ちうるコネクションをフル活用し、航海に必要な物資とクルーをかき集めた。
クラリッサ・マーシャンズ。その際に紹介されたクルーの一人だ。
ぼくは彼女の履歴書を見て、目を疑った。確か、姓こそ違ったはずだけれど。
――彼女は、ぼくの学生時代の2つ下の後輩だった。
知り合ったのは、ぼくが3年生の春、合同の応急処置の実習だったと記憶している。
それがきっかけで合コンの人数集めなどもやったっけ。
軍士官コースの男はマッチョで汗臭い連中ばかりだからと、
医学生のぼくらに白羽の矢が立ったのだ。
食事とトークやミニゲームは盛り上がったけれど、
その時のメンバーでカップルが成立したという話は聞かなかった。
余興でやった腕相撲大会は女子チームの圧勝だったしね。
学校生活は楽しいものだったけれど、世の中はとてもきな臭い情勢だった。
重粒子粉塵兵器の研究は加熱し、いつ戦争が起きてもおかしくない、
そんな状況で、ぼくらより下の世代は異例の短縮カリキュラムでの卒業となった。
そんな中でどうにか開催にこぎ着けた最後の学園祭のことだった。
自分の組の出し物のシフトを交代し、特に目的もなく学内をぶらついて、アリーナに入る。
ちょうど軍士官コースの出し物の自主製作映画が上映していた。
主役はクラリスだった。ただし、ヒロインではなく、男装したヒーローとして。
銀幕の中の勇敢な少年に扮した彼女に、ぼくは雷に打たれたような衝撃を受けた。
それは一目惚れだという人もいるだろう。だけど、この話はもう少し続きがある。
学園祭の熱狂が落ち着いた後、学内で彼女を見かけたときだ。
とても申し訳ない話なのだが、銀幕で見たようなインパクトは感じなかったのだ。
もちろん明るくて可愛らしい女性であることは間違いないのだけれど。
後輩と一緒の卒業式を経て、皆がそれぞれの道へ進んだ矢先にタワー爆破テロが起き、
その年の夏、本格的な武力衝突が始まった。当時ぼくは新米の研修医だった。
病院は地獄の様相を呈していた。軍人も民間人も関係なくひっきりなしに運び込まれ、
金のない者にはほんとうに最低限の処置しか受けさせることができなかった。
救いたくても、新米のぼくには抗議することもできなかった。
負傷した優秀なパイロットには作りものの手足を着け、また死地に送り込む。
2回目のメンテナンスに戻ってきた者は数える程度しかいない。
医師も看護師も休む暇などなく、現場は日を追うごとに疲弊して行った。
市街地の戦闘に巻き込まれた者。過労で倒れた者。精神を病んで自ら命を絶った者もいる。
若白髪くらいで済んだぼくはだいぶ幸せな方だろう。
後方支援の民間人でこの有様なのだ。第一次七月戦役の前線勤務、
しかも学校を卒業したばかりで戦場に放り込まれた新人の経験の壮絶さは想像を絶する物だろう。
ぼくが分かろうとするのすら、烏滸がましいかもしれない。
でも、だからこそ。生きていて良かった。また会えて嬉しい。
あの時の答えはもう得たから、ぼくはもう大丈夫だ。
昨日、赤渦にて海上音楽祭が行われ、人々を鼓舞しました
生き残った赤渦の船舶が集まり、人々は船の上で歌声や音楽を楽しみました
領域の主であるルリオーネは、人々の安寧を願い声明を発しました
戦う人々に祝福を……我々は、生き続けるのです
手持ちの端末のアラームが鳴り、ぼくの思考を現実へと引き戻す。そろそろ時間だ。
カップの奥に少しだけ残ったコーヒーを飲み干し、
クローゼットから久々に袖を通す礼服を引っ張り出し始めた。