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死喰い鳥のザミエル


Day 06 Ziz


――青花師団、アネモネ工廠。
新型フレームの受領と、旗艦の方で取り付けた物資のやりとりは拍子抜けするほど順調だった。
非常時だからか、ディルクの根回しが功を奏したのかは不明だが、
書類に関しては傭兵ライセンスを提示し、契約書にサインするだけで完了した。


船のガレージより遥かに広いスペースの工廠を借り、錆びたフレームを搬入。
パイロット立ち会いのもと青花の技術者とテララーニャの整備チームが
合同で新型フレームの機体を組み上げている。


同時に、物資のやりとりも滞りなく行われている。
こちらからは空から降ってきたコンテナを差し出す。
そして対価として外洋を長期間航海する蓄えを受け取る手筈だ。


ザミエルはテララーニャのガレージ隅、倉庫エリアに足を運んでいた。
手続きと作業を済ませ、出航まで手が空いたのだ。
そこには機能を停止し、ひしゃげたフレームだけになって佇んでいるグレムリンがいた。
出航のきっかけとなったタワーへの大規模な未識別機動体の侵攻の際に、突然機能停止したザミエルの愛機だ。


ツォルンをはじめとした整備チームは並行してこのフレームの修理も行っていた。
だが、明日からは本当に最低限の保守がせいぜいだろう。
この機体が息を吹き返したとして、青花の新型とどちらに乗るべきかは明白だ。


希釈した洗剤入りのバケツとブラシを持ち、フレームを磨き始める。
そう、こいつと出会ったのは――


本日のニュースです
氷獄ではいま絵本の読み聞かせが人気です
書籍行商船では絵本の人気が高まっているようです
霧の伝説の絵本は、いまでも人気の話です
戦火の世にも、人々の連環を。我々はまだ、戦えます


義体化手術の後、俺が現実世界を認識できた時には既に3月で、病室の窓の外には桜が咲いていた。
最低限の視覚と聴覚だけは戻ったものの、ここからは義肢医と二人三脚で義体の調律作業が待っている。
シリコン製の舌と声帯での発声練習。手の機能回復訓練。そして全身の筋肉を動かす訓練。
平坦な道ではないが、可能なことが増えていく日々は希望に満ちていた。


季節は過ぎ、春から夏になっていた。新造船の視察に遠方へ出張に行く前に両親が見舞いに来た。
帰って来る日が、俺の退院する日の予定だ。
――それが俺が見た最後の両親の姿だった。


数日後、両親が死んだと聞かされた。現場での事故だと聞かされた。
会社は赤の他人に買い取られ、社員寮の人間は大きく入れ替わった。
そこには、俺の居場所はなかった。


そんなある日、なんとはなしに壁の向こうの話が耳に入る。


「しかし、こうまで手筈が上手く行くと気味が悪いくらいだな。
成り上がり社長で技術の事しか頭になくて、まあちょろい相手だったな」


「……で、ガキと前社長の残したローンはどうするんすか?」


「残しておくと後が面倒だからな。生意気にもガニメデシリーズの義体だ。
新古品としてバラして売ればそれなりの値で売れるはずだ。
元々体が弱かったって話だし、病死ってことにすりゃあいいだろう。
コロッセオ・レガシィの次回のオークションに出す準備しとけ」


「移動を考えると今週中には発たないと間に合わないっスね。明日の夜にでも梱包しときます」


……冗談じゃない。扉の向こうの人間に気づかれぬよう静かにその場を離れるのが、出来る精一杯のことだった。


最近は粉塵注意報で外に出られない日も増えてきたが、今日は満天の夜空が広がっている。
抜け出したはいいものの、小さな島で逃げ場もない。だからこそ容易に抜け出せたとも言える。
あてどもなく波の音を聞きながら砂浜を歩く。朝になれば捕まるのは目に見えている。それまでの束の間の自由だ。


少年の目の前で轟音とともに白い立方体が目の前に墜ちる。衝撃によろめき、尻餅をついた。
そして、呆然としている間に中からコンテナが開く。一つ目の鳥のような頭の機体が現れる。
右手にはグレムリン用のライフルが握られている。2m弱の物体など、容易に吹き飛ぶシロモノだ。


終わった、と。見た瞬間そう思った。


《はじめまして》


しかし、向けられたのは銃口ではなく、合成音声の挨拶。


「……え?」


《システム起動、セットアップを開始します。ユーザー名を登録してください。》


完全に処理落ちしていた頭が回転を始める。
うますぎる話かもしれない。だけど、この機体に賭けるしかないと、本能が告げていた。
千載一遇の、そしてこれが最後のチャンスだ。


「名前……ユーザー名……samiel……ザミエル。」


もちろん、本名ではない。相対する機体のライフルに刻んであった銘だ。
親から貰った名前はもう、使うことはないという予感がしたから。


《登録完了……ユーザー名、ザミエル。よろしくお願いします。》


機体がしゃがみ込み、片腕を地面につける。操縦棺のハッチが開く。
腕を足場にしてよろけながらも操縦棺に転がり込むと、ハッチが閉じる。


「なあ、グレムリン。今持ってる武装で、どれくらいの物まで壊せる?」


恐ろしいくらいに思考は冷え切っていた。悲しみと絶望はたやすく殺意に裏返った。


《かしこまりました。所持武装の一覧及び、シミュレーターを提示します》


「……これだけあれば充分だ。父さんと母さんの仇を討てる」


俺の感情任せの殺意にグレムリンはとてもよく応えてくれた。
焼夷弾とミサイルを乗っ取られた社員寮に雨霰と浴びせかけ、
赤々と燃える建物を背に、一機のグレムリンが飛び去っていったのだった――


本日のニュースです
ジャンク財団の拠点と見られる島が虚ろの海で摘発されました
この島では秘密裏に新型グレムリンを量産する設備が整っていました
このような暴挙を許すことなく、我々は戦います
希望がある限り……私たちは、生き残れるのです